<目指せ!搬送のプロフェッショナル>

<はじめに>

平成3年(1991年)に救急救命士法が施行され間もなく四半世紀が過ぎようとしていますが、この間、病院前救護活動は大きく変わりました。救急救命士が行う処置範囲も、大きく拡大してきましたが、どんなに処置範囲が拡がろうと、切っても切り離せないものは、救急現場から救急車内に傷病者を「搬送」することです。

救急業務の歴史を紐解いてみると昭和8年(1933年)神奈川県で日本初の救急業務が開始されました。その後、救急業務は消防機関へと移り、昭和38年(1963年)4月に消防法が一部改正され、救急業務の法制化が実現しました。

救急隊の歴史は、もともと「運び屋」からスタートしています。

救急業務が高度化への歩みを始めた頃は、「運び屋」という言葉を嫌った時期もありましたが、こうして歴史を見てみると、救急隊が高度化するずっと昔から、「搬送業務」を行っており、本来は「人」を搬送する「運び屋のプロフェッショナル」であるべきなのですが、現在の救急隊員や救急救命士教育に使用されている「救急隊員標準テキスト」や「救急救命士標準テキスト」を見てみると、「搬送分野」には、ほんの少しだけしか触れられていません。

ですから、いわゆる「搬送学」としても、まだまだ確立しておらず、体系化もされていません。救急件数は、年々右肩上がりとなり、119番通報してから救急車が現場到着するまでの平均到着時間も8分台から9分台になろうとしています。

その解決策として「救急現場滞在時間の短縮」を全国の救急隊が試みていますが、なかなか現場滞在時間は短縮できません。
「運ぶ人」も「運ばれる人」も「人」ですから、機械的に「急いで搬送」することによって傷病者に負担を掛けることはもちろん、救急隊員が負傷するリスクも多くなるからです。

そんな問題を解決してくれるのが「搬送法」の工夫です。

大きな家具を軽々と運び出す「引っ越し屋」さんを見て「さすが引っ越しのプロ!」と思いますよね。そこには、長年培ってきた「引っ越し」の知恵と工夫が活かされています・・・であるならば、私達救急隊員も80年を超える「搬送」の歴史の中から「搬送」の重要性を見直して「知恵と工夫」により本当の意味での「運び屋」言うなれば「人を運ぶプロフェッショナル」にならなければいけない時ではないでしょうか?このコーナーでは、今一度、搬送の重要性について再認識するとともに、そのための「知恵と工夫」のいくつかをご紹介したいと思います。

現場から救急車への傷病者移動時に注意すべきことは?

①救急活動現場は、訓練で行うような障害物のない平坦な場所ばかりではない。

②救急隊員は、傷病者の苦痛や疼痛の緩和を考慮し、その現場から救急車内に移動するために最も有効な搬送用資機材(アイテム)を選択する必要がある。


③「意識」のある傷病者の多くは、無意識に自身の体格にマッチした「自分が楽な姿勢」になっている場合が多い。

④「姿勢」は発症から時間を経過するにつれて変化する・・・救急隊員から見て窮屈そうな姿勢に見えても、傷病者にとっては「疲労しにくい姿勢」ということもある。

 

以上のような点に注意しながら、傷病者を移動しなければなりませんが、なるべく傷病者に負担を掛けず、救急隊にも負担のかからない「資機材(アイテム)の工夫」について、いくつかご紹介したいと思います。

1.ターポリン担架の工夫(三つ折りたたみターポリン)

ストレッチャーを傷病者の直近に置けない場合の多くはターポリン(布)担架を使用していると思います。

壁や椅子にもたれ掛かり、自力移動が困難な姿勢で救急隊を待つ傷病者は常非常に多く見られますが、そのほとんどの事例で「傷病者を持ち上げ、体の下にターポリン担架を入れ込む」方法で傷病者をターポリン担架に乗せて搬送することが多いのではないでしょうか?

体の下にターポリン担架を入れ込んだ時、頭部や足先が担架からはみ出してしまい、もう一度傷病者を動かして調整するという作業も少なくないと思います。

そんな時、上記の写真のようにターポリン担架を「三つ折り」にして使うことで、「位置がずれる」という問題点を解決できるとともに、傷病者の移動を必要最小限に抑え、マンパワーも省力化することができます。

今回は、「壁にもたれ掛かかった状態で、自力での移動ができない傷病者」を三つ折りたたみターポリンを使い移動するという想定でご紹介します。

 

①「三つ折りターポリン」を傷病者の傍に準備したら、隊員1名により傷病者を膝の上に乗せるようにします。

②傷病者を抱えながら、後方に倒れ込むような感じで重心を移動することにより、傷病者の下半身を少しだけ浮かせて「三つ折りたたみターポリン担架」が入るスペースだけを確保する。

 

③折りたたんだターポリン担架の中央部分が、傷病者の臀部(おしり)の下になるよう、もう1名の隊員がターポリン担架を差し入れる。

③傷病者の臀部が中央部分に乗るように、重心を元に戻しながら、傷病者の下半身をゆっくりと降ろす。


④傷病者の臀部がターポリン担架の中央に乗ったら、担架を差し入れた隊員により、たたまれているターポリン担架の上方を引き上げる。

⑤上に引き上げた隊員は、そのままの姿勢を保つよう確保したら、もう1名の隊員により、まだたたまれた状態となっている下半分のターポリン担架を延ばしていきます。すると、頭部も足先もはみ出すことなく、傷病者の体格にマッチし、そのままの姿勢で搬送を開始することができます。


この工夫によって、傷病者と救急隊員の双方の負担が大幅に軽減されます。

この工夫は、ソファーの上やベッドの上で動けなくなった傷病者や、洋式便座の上で動けなくなった傷病者の移動など、様々な場面に応用することができます。

2.「移動用マット(スライディング・シート)」の活用

今回、ご紹介する移動用マット、いわゆる「スライディング・シート」は、介護先進国である北欧で生まれた介護用品です。


「北欧式介護」では、「要介護者を持ち上げずに滑らせる」という「手技」が基本となっており、その「手技」に欠かせないものが、摩擦の少ないナイロン製の布を用いた「スライディング・シート」です。

 

 写真のとおり、形状が円筒形となっていますので、このシートを体の下に敷くことによって、床面との摩擦が大きく軽減され、少ない力で要介護者を前後左右に移動することが可能になります。

今回紹介するのは、携帯に便利な70cm角のスライディング・シートです。

①傷病者の体の下にシートを入れる。

②体の下にさえ入れば、どんな方法でもOKです。ログ・ロールの要領が一番ポピュラーかも知れませんが、体が少しでも浮いてシートが入ればOK。(写真は傷病者の体の下すべてにシートを入れていますが、一部でも下に入れば使用可能です。)

②上記写真の状態で傷病者の体と床面との間で「摩擦」が発生するのは、「頭頚部」と「下肢」です。


隊員2名により摩擦が生じる「頭頸部」と「下肢」を床面から少しだけ浮かせた状態にして、側方から軽く押してみます。

③そうすると・・・「スルスル」と、わずかな力だけで傷病者を側方のターポリン担架の上に移動することができます。


このシートは現場だけでなく、病院到着後、傷病者を処置室の処置台やベッド、検査台の上に移動する際も効果的で、使用しない場合に比べると、救急隊員の「腰」への負担を大幅に軽減することができます。 


※注意事項※

ターポリン担架など、目的の位置に移動後は、必ず「スライディング・シート」を傷病者の体の下から抜いて下さい。摩擦を軽減しているため、抜き忘れた場合、落下や転落の危険があります。(摩擦が少ないので一人の力でも容易に引き抜けます。)

「介護」も「救急」も「人を移動する」という部分では、同じ作業ですから、この介護用品は、救急現場において大いに活用ができると感じています。

特に、今まで救急隊や救助隊が苦労してきた自動車内からの救出や、隊員が1名しか入ることのできない狭所からの救出や移動時に大きな効果を発揮すると思います。

 

また、形状も70cm角なので、折りたたむことで容易にポケットにも入ります。素材も速乾性のあるナイロン製なので。次亜塩素酸等による使用後消毒や洗浄も容易に行え、価格もわずか2000円程度と非常に安価であることから、導入に際しても多大な経費が掛かることもなく、導入した場合の効果は、単に救急現場のみにとどまらず、救助現場などにも活用可能であり、さらなる「工夫」によって、その可能性は大きく広がることが期待されます。

<おわりに>

救急隊に「救いの手」を求める人達に対して、救命に必要な処置を手際よく行い、かつ、速やかに医療機関に搬送するためにも「搬送」という分野に今一度、目を向けることが必要ではないでしょうか?

「搬送」に必要なスキルや知識はもちろんのこと、他の分野にも目を向け、「有効」であると思われるものは積極的に取り入れていこうとする「旺盛な探求心」を持って、各地域の実情にマッチした搬送法を個々の「創意工夫」により編み出していく、そんな「モチベーション」を高めながら、今後、さらなる増加が予測される救急需要に立ち向かって行けるためのご参考となれば幸いです。

最後に、「こんな工夫もあるよ!」など、当HPにおいて紹介させて頂いても差し支えのない各地における搬送法の工夫がありましたら、「HIGEさんにMAIL」のコーナーからお知らせ頂ければ嬉しく思います。


80年にもわたる歴史がある「運び屋」のプライドを思い出し、一緒に目指しましょう!「人を運ぶプロフェッショナル」を!(HIGE)

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